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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4001号 判決 1982年11月19日

原告 渋谷電話不動産有限会社

右代表者代表取締役 田代浩之

被告 グランドキャニオン株式会社

右代表者代表取締役 大橋中一郎

被告 野崎義男

右両名訴訟代理人弁護士 畔柳達雄

同 阿部正幸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告らは各自原告に対し金九九三万七二〇〇円及びこれに対する昭和五六年四月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告ら

主文同旨の判決

第二当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、免許を受けて、宅地建物取引業を営む会社である。

2  原告は、昭和五六年一月三〇日、(イ)東京都渋谷区猿楽町一九番宅地三九六・六九平方メートル、(ロ)同所二〇番一宅地三七一・六〇平方メートル、(ハ)右各土地上所在の家屋番号七三ないし七六番の居宅四棟(以下、これらを総称して「本件不動産」という。)につき、右(イ)、(ロ)の各土地の借地権者で(ハ)の各建物の所有者である被告グランドキャニオン株式会社(以下「被告会社」という。)及び同会社の製造部長で(ロ)の土地の所有者である被告野崎義男との間で、その売却の仲介の委任を受ける旨の契約(以下「本件仲介契約」という。)を締結した。

3  右(イ)の土地は当時国有地で、被告会社は、国の内諾のもとに、底地買取を停止条件として売却する仲介を原告に委任したものである。そして、被告らは、別に被告会社が建設する予定のマンションの賃貸の仲介等と合わせて、全面的に原告に売却の仲介を委任するとの約定のもとに、不動産売却委任状を作成して原告に交付し、処分予定価額を三・三平方メートルあたり一一〇万円とし、委任期間を昭和五六年四月三〇日までの三か月と定めたものであって、本件仲介契約は、親密な信頼関係を基礎とし、第三者に重ねて仲介を依頼しないという趣旨を含む専属委任契約である。なお、右契約においては、昭和四五年一〇月二三日付建設省告示第一五五二号の規定による売却仲介手数料を支払う旨の約定があった。

4  原告は、契約の翌日から、本件不動産についての行政法規上及び権利関係上の物件調査を開始し、大蔵省関東財務局目黒出張所の担当官に(イ)の土地の払下の見込についての確認をし、調査結果を被告らに報告し、多額の費用と労力を傾注して売却仲介の活動を行なった。その結果、原告は、同業者の紹介により、訴外西海建設株式会社(以下「西海建設」という。)の昭和五六年三月一〇日付買付証明書の交付を受けて、その副本を被告らに送付し、すみやかに商談を開始するよう催促した。

5  しかるに、売買契約締結の商談の寸前に至り、突然被告らから仲介の中止の申出があり、このため、本件仲介契約は、原告の責に帰すべからざる事由によって、仲介の成立寸前に至って終了させられた。しかも、被告らは、原告の委任解消に伴う清算の申入れに応ぜず、訴外安田信託銀行株式会社に重ねて仲介依頼をするという背信行為に及んで、前記買付証明書記載の買付価額と同程度の価額をもって訴外有限会社秀に本件不動産を売り渡したのであり、あらかじめこのように他に処分する意図を隠して原告に不意打をくらわせ損害を加えるために、本件仲介契約を中途で解消したものである。

6  原告は、本件仲介契約解消の結果、被告らから得べかりし仲介手数料を喪失し、なお、委任事務処理のため支出した多額の費用の損害を被った。宅地建物取引業法及び前記建設省告示によれば、本件不動産の処分予定価額三億一九二五万円に対して支払われるべき仲介手数料は九六三万七二〇〇円である。また、本件仲介契約の基礎をなす信頼関係に反する被告らの突然の心変りによる右契約の中途解消のため、原告は、著しく信用を喪失したが、これにより受けた精神的損害に対する慰藉料は三〇万円が相当である。

7  商法五一二条の趣旨に則り、委任においては、委任された事務が完了しなくとも、委任事務処理のため給付された労務自体に対し一定の報酬を支払うべきものであり、被告らは、一方的都合で、原告との専属委任契約を終了させたのであるから、原告の被った一切の経済的、精神的損害を賠償すべきである。また、被告らは、前記のとおり、本件不動産を他へ処分し、原告が被告らと西海建設との間に売買契約が成立することによって得べかりし仲介手数料請求権の発生を故意に妨害したものであるから、原告は、右売買契約が成立したものとみなすことができるとともに、被告らは、右条件付権利を侵害したことによる損害賠償義務を免れない。

8  よって、原告は、商法五一二条、民法六四八条三項、六五〇条一項・三項、一三〇条、一二八条、七〇九条により、被告ら各自に対し、6の金員九九三万七二〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日の昭和五六年四月一九日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

1  請求原因1のうち、原告が宅地建物取引業を営む会社であることは認め、その余の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、(イ)の土地が国有地であったこと、被告らが原告に不動産売却委任状を作成、交付したこと、売却希望価額が三・三平方メートルあたり一一〇万円であり、委任期間を昭和五六年四月三〇日までと定めたことは認め、その余の事実は争う。

4  同4のうち、原告から交渉先二名との交渉結果につき報告があったこと、被告らが原告から西海建設の昭和五六年三月一〇日付買付証明書の交付を受け、かつ、売買契約の締結を催促されたことは認め、その余の事実は知らない。

5  同5のうち、被告らが原告に本件仲介契約終了の旨を告げたことは認め(その時期は昭和五六年三月五日ころである。)、その余の事実は否認する。

6  同6及び7の主張は争う。本件契約は商法上の仲立契約であり、仲立人の尽力により媒介した当事者間に契約が成立しないかぎり、報酬を請求しえないものである。

第三証拠関係《省略》

理由

原告が宅地建物取引業を営む会社であること、原告と被告らとの間に請求原因2のとおり本件仲介契約が締結され、被告らが原告に不動産売却委任状を交付したこと、その際、売却予定価額を三・三平方メートルあたり一一〇万円とし、委任期間を昭和五六年四月三〇日までの三か月間と定めたこと、原告は、右委任に基づく仲介活動により、本件不動産につき西海建設の同年三月一〇日付買付証明書を得て、これを被告らに交付したこと、他方、そのころ、被告らが原告に本件仲介契約の解消を申し出たこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告らは、原告に対し、遅くとも同年三月一七日付書面をもって、本件仲介契約解除の意思表示をした事実が認められる。

なお、《証拠省略》によれば、西海建設が前記買付証明書において提示した取引価額は、三・三平方メートルあたり九二万円であったことが認められ、《証拠省略》の原告の右価額についての計算説明は、独自の見解に基づくものと解され、これによって、右価額が被告らの示した前記売却予定価額に合致するものであったと認めることはできない。

そして、《証拠省略》によれば、被告らは、その希望する価額で本件不動産を売却することが困難であると判断して、本件仲介契約を解除したのち、しばらく静観していたが、昭和五六年六月初めころから、訴外安田信託銀行株式会社渋谷支店を代理人として、訴外有限会社秀との間に売買の交渉を始め、同年七月三日、被告会社名をもって右訴外会社との間に本件不動産についての売買契約を締結して、同年一二月ころまでにその履行を完了した事実が認められる。

思うに、不動産取引業者(以下「業者」という。)に不動産売買の仲介が委託された場合にも、原則として、委任者が当該業者の仲介を経ないで他に売買することは妨げられないとともに、業者は、自己の仲介により売買が成立したときでないかぎり、委任者に対して報酬を請求しえず、かつ、仲介業務の遂行に必要な諸費用についても、特約がない以上、自らこれを負担すべく、費用額の償還またはこれに相当する額の損害賠償を請求することができないものであり、ただ、委任者が、業者の紹介した相手方との間に、業者を故意に排除して直接に取引をしたような場合にのみ、業者の仲介行為が完了し委託の目的を達した場合と同様に報酬を請求しまたは報酬を喪失させられたことによるその相当額の損害賠償を請求することができるものと解すべきである。もっとも、委任者が、売却仲介の委託にあたり、業者に売却の委任状を交付しかつ委任の期間を定めた場合には、原告主張のように、専属的仲介委託契約が成立するものと解する余地がないではなく、その場合には、その期間中、委託者は、当該業者を介さないで他へ目的不動産を処分し、または、他の業者に処分の委託をすることを禁じられるものと解される。しかし、その場合にも、委託者は、当該業者の紹介した相手方と契約を締結しもしくはその交渉をなすべき義務を負うものでないことはいうまでもないし、また、期間の定めもその間業者に権限を与える目的によるよりは売却の時期についての委託者の希望を示す意味のものと考えられることと、仲介委託契約が当事者間の信頼関係を基礎とするものであることに鑑みると、期間満了前においても、委託者が仲介委託契約を解除することは妨げられず(民法六五一条一項参照)、右解除が委託者において故意に業者を排除して売却しようとする意図に出たものでないかぎり、委託者は、業者に対し、報酬の支払または損害賠償の義務を負うものではないと解すべきである。

しかるに、前記事実関係によれば、被告らが原告の紹介した西海建設との間の売買に応じなかったことが格別恣意によるものとは認められず、また、訴外有限会社秀への売却については、本件仲介契約解除後相当期間を経、しかも当初定めた委託期間をも経過したのちに交渉を開始したものであって、被告らのした契約解除が、故意に原告の仲介を排除する意図に基づくものであったことを認めるべき証拠はない。なお、専属的仲介委託契約であるということから、当然に、仲介の成否にかかわらず業者が仲介活動に要した経費が委託者の負担に帰するものとは解しがたく、本件においてその旨の特約が存在した事実及び実際に要した経費の額を認めるべき証拠はない。

そうすると、原告の挙示する民・商法のいずれの規定によっても、報酬請求権または損害賠償請求権の発生を肯認することはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

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